稲盛和夫氏

〈京セラ株式会社名誉会長・KDDI最高顧問・稲盛財団理事長・盛和塾塾長〉

私は、人生の目的は「心を高めること、魂を磨くこと」だと説いています。つまり、俗世間に生き、様々な苦悩を味わい、幸不幸の波に洗われながらも、やがて息絶えるその日まで、一生懸命生きていく。このプロセスを磨き粉として、おのれの人間性を高め、精神を修養し、この世にやってきたときよりも高い次元の魂を持ってこの世を去っていくということが人生の目的だと思っています。政治・経済・教育などのあらゆる現場で、ますます混迷を深める現代日本において、塩沢さんたちが構想しているこのいのちの森は、この人生の目的にしっかり根ざしているものです。素晴らしい飯綱の大自然の中で、自己を見つめ、魂を磨き、世のため、人のために自己を成長させ、いのちを輝かせる場所になることを、期待しております。頑張って下さい。

帯津良一氏

〈医学博士・帯津三敬病院名誉院長・日本ホリスティック医学協会会長・日本ホメオパシー医学会理事長〉

いのちの森構想への期待 『戦後が若かった頃』(海老坂武著。岩波書店)という本をご存じでしょうか。著者はご自身の青春を重ね合わせて、この時代を実に生き生きと描き切っています。本当にいい時代でした。まだ十分とはいえませんが、物資は明らかに窮乏の状態から脱しはじめていました。人々の心には希望があり、街には清新の気が満ちていました。いつも空が青かったような気がします。ところが今はどうでしょう。イラクだけではありません。紛争は毎日、世界の各地で起こっています。血腥い事件は、これまた毎日のように報じられています。そのほか政治、経済、教育、医療などすべての分野で混迷の度は増すばかりです。例外というものがありません。
これは、もう地球という“場”のポテンシャル、エネルギーが低下しているとしか言いようがありません。さらに、この低下を回復すべく、その“場”に本来備わっている自然治癒力のはたらきも落ちてきているのではないでしょうか。生命場のポテンシャル、エネルギーを・自然治癒力・と呼んでいるのではないでしょうか。
生命といい自然治癒力といい、これらは人間だけの独占物ではありません。空間が、そして場が存在するところ、すべて生命と自然治癒力が存在するのです。そして、場は階層を形成し、上の場はしたの場を超えて含むという関係にあります。つまり、地球の場の回復をはかるためには、まずは自分の生命場を高め、家庭の場、地域社会の場、と順次高めていかなくてはなりません。
戦後が若かった頃の、あの美しい地球を取り戻せるかどうか、その成否は内なる生命場を見つめ、虚空の場に思いを馳せながら生きる人を一人でも多く輩出できるかどうかにかかっています。このような時に、いのちの森の設立はまことに時宜を得たもので、勇気百倍、大いに期待しております。山紫水明の飯綱の地が、やがて来る・いのち・の時代の一大拠点となる日を夢見て。

巽信夫氏

〈医学博士・信州大学医学部精神医学教室助教授・日本内観学会常任理事・日本内観学会理事・日本トランスパーソナル心理学/精神医学会理事・日本欧州共通サイコセラピー資格認定〉

森田、内観両療法に学びつつ、精神医療に携わり40年近くになる。この間、思春期、青年期-壮年期-老年期といった各ライフステージにおいて、心を患う様々な方と関わってきた。この関わりを通じ傷害や病気にはそれなりの意味があり、とりわけ人間が生きるということと深く通じていること、及び当人をとりまく時代的、社会的状況とも不可分であることを学ばされてきている。とりわけ昨今のモノ的文明の飛躍的発展に伴う人間疎外の深刻さは、老若男女を問わず加速化し、まさに時代の光と陰を物語っているとも言えよう。それだけに技術革新や情報社会の恩恵に浴しつつも、人間がその主人公となる道筋の開拓こそは、最大の今日的テーマといっても過言であるまい。このような状況下、すでに水輪にあっては、いのちの本源に立ち返り、人間再生にむけての本格的な取り組みを実践され、地道ながらも着実にその活動の輪を広げてこられた。
このたびの「いのちの森」構想は、この貴重な学びの足跡を母壌に、次なるステップとして自ずと展開されてきたようである。まさに、21世紀が真に求める画期的なコミュニティー大学モデルの提示ともいえ、生活体験に根ざした生きた人間学発信の場として、今後の活躍を心から願うものである。

芳村思風氏

〈哲学者「感性論哲学」創始者・米国イオンド大学哲学名誉博士・名城大学講師〉

「いのちの森」構想は、理性中心の西洋的近代文明を、生き生きといのちを輝かして人生を生きる力を回復し、いのちのつながりと心のつながりを中心とした、新しいアジアの時代の文明と移行させる人類史的使命をおびた壮大な先駆的決断です。我々は人類の未来の為に、この夢を共有し、この夢を実現する為の行動を、いま直ぐにも起こさねばなりません。その時がきていると思います。

細川佳代子氏

〈特定非営利活動法人スペシャルオリンピックス日本名誉会長・「世界の子どもにワクチンを」日本委員会代表〉

「障害を持つ人々が幸せな社会は全ての人々にとっても幸せな社会である」
私はスペシャルオリンピックスに関わる中でこのことを強く感じてまいりました。そしてこの人たちから学ぶ事の大きさにも驚いています。スペシャルオリンピックス世界大会を成功裏に長野の地で開催できましたことは大きな喜びではありましたが、これはまた日本に福祉の心が根付いていく出発の時でもあります。
時を同じくしてこの長野の地において「いのちの森構想」が実現に向けてスタートしたことに、心から応援したいと思います。この「いのちの森構想」が重い障害を持つ娘さんとの37年にわたる生活の中から生まれて来たことは「いのちと愛」を中心とした地域社会の創造と人々の心の成長を促すものと大いに期待しています。

本田健氏

〈作家・アメリカ在住〉
水輪を応援しています!!多くの人が人生に迷い、元気をなくしている今日、水輪のような場所は、いつでも帰っていける安らぎの場、少し大げさな言葉を使うと、聖地のようなところだと思います。日本では、そういう場所は、ごく限られています。それは、その場所がリゾート施設のようになるか、宗教団体になるかどちらかだからです。そういう点で、水輪は、日本でも、非常に特殊な独立性と、行き届いた環境を持っていると思います。
私は、水輪という場所が大好きです。水輪に行けば、そこには、おいしい空気と食事、そして、やさしい笑顔があります。以前住んでいた長野市内の自宅からは、ほんの20分で水輪に行けました。家族でふらっと立ち寄って晩ご飯をいただいたり、新しい原稿のゲラを持ち込んで、静かに構想を練ったりしました。
「きっと、よくなる!」をはじめ、140万部を超える著作シリーズの一部は、水輪で原稿を練り、書きました。癒しのスペースであると同時に、インスピレーションが光の滝のように降り注ぐ、すばらしい環境のおがげです。いつも、さりげなく見守って創作活動に専念させていただいた塩沢さんご夫妻をはじめ、スタッフのみなさんには心から感謝しています。そんな素敵な水輪から生まれた「いのちの森構想」を心から応援しています。

神渡良平氏

〈作家・日本内観学会会員〉

木下から木下を伝い、樹林を巡って思索に耽るとき、人は本来の自分を取り戻し、人生への主体性が立つものです。ここ飯綱高原の水輪には、ネイティブ・アメリカンが水晶のストーン・サークルを設置したように自分の心を静かに観つめることができる静けさがあります。またここ水輪には日本武尊が望郷の念を抱いて、「やまとは国のまほろば たたなずく青垣 山隠れる やまとしうるわし」と詠んだ安らぎがあります。さあ、ここ水輪に、みんなで力を合わせて、いのちの森構想を実現しようではありませんか。

高月紘氏

〈工学博士・京都大学名誉教授・元京都大学環境保全センター長〉

私の教え子の一人が「いのちの森構想」の設立に努力されていると知り、一言励ましの言葉をかけたいと思います。彼とは環境教育の分野で、ワークショップ等で一緒に活動した仲ですが、学生時代から自分自身の生き方について、色々と実践を通じて模索する今どき珍しい青年と関心をもっておりましたが、大学卒業後、「長野で農園中心とした生活をする」と聞き、彼らしい選択だと感心したものでした。その彼が「いのちの森」でとりわけ「ナチュラルファーム」をつくるという点で大いに期待したいと思います。
今、私たちはグローバル化の下で利便さ(スピード)と安さのみが価値があるかのようなライフスタイルを強いられています。その結果、食の安全や心の安らぎを失いつつあります。そんな中で、農を中心としたスローライフを取りもどす研修の場としてのナチュラルファームは持続可能な社会への一つのモデル事業として大いに価値があると思います。人間、やはり、自然と共生し、自然のリズムで生活することが一番だと思います。大いにがんばって下さい。

スーザン・オズボーン氏

〈米国歌手・ボイストレーナー・長野オリンピック/パラリンピックに出演〉

長野市から高い山の中に入っていくと、そこには近代生活の喧騒や忙しさから離れた隠れ家があります。この場所は、人間と全自然との平和的な協力に根ざした日々の愛と一生懸命の労働を通して創られてきました。その過程のそれぞれの段階は慎重にゆっくりと進められ、やがて成長し全ての人々が学ぶ場所へと進化しました。
私たちがもし種として生き残るのならば、この地球でいかにやさしく生きるかを思い出さねばなりません。この知恵は、自然に近い場所に住む小さなグループで共同体として暮らす人々が心の内側と外の世界につながることにより時を経て育まれ、そして受け継がれてきました。これは簡単な作業でも早くできる作業でもありませんが、人生の壊れた網の目のようなつながりを編み合わせる生き方のことです。ひとつの糸がお互いにケアをし、愛し、耳を傾け、注意を向け合うこと、そして自然の知恵を同時に必要とします。
水輪は、まさにそのような場所に進化をしてきました。水輪を訪れて日常生活や学びに参加する人は誰もが進化の一部です。私自身もここ数年、水輪の共同体としての生活にわずかながらも参加し、またその成長を実際に目にし、とてもうれしく思っています。世界には、地球上での生活の健康に意識を向けたすばらしい共同体の輪がいたる所にあります。水輪はこの壮大な車輪の一部であり、後に続く子供たちのために道を創ってくれています。
ここで、私が数年前に水輪で初めて体験した出来事の中から一つご紹介したいと思います。8月の照りつけるような暑い夏のことでした。30人ほどが広間に集まり、さあ歌おうという瞬間でした。その日の午後は、静寂に包まれていました。私たちは、一斉に息を吸い、最初の音を吐き出そうとしたまさにその時、緑の葉が生い茂る木に止まっていた蝉が一緒に歌いだしたのです。長い間、私たち人間と蝉は皆一緒に歌い、方向もわからず、ただ呼吸と音の流れに身を任せていました。ある瞬間私たち全員が止まり、蝉と人間は深い沈黙に入りました。
水輪でのこのような自然との壮大な共同の瞬間を私は決して忘れません。そして「いのちの森」でもっと多くの体験を心待ちにしています。
(翻訳:青木由美)